Cinema ロケ地別INDEX 俳優 A to Z 女優 A to Z Home

自分の国を裏切るか、自分の友人を裏切るか、どちらかを選ばねばならないとしたら、国を裏切る勇気を持ちたいと思う 〜 E.M.フォースターの言葉〜


『アナザー・カントリー』 Another Country(1984)

監督:マレク・カニエフスカ
原作:ジュリアン・ミッチェル(戯曲_Another Country_
撮影:ピーター・ビジウ
衣装:ペニー・ローズ

 

Story

1983年モスクワ。厳重な警備の中、ひとりのジャーナリストがロシアに亡命してきた老スパイを訪ねる。彼が語ったのは1930年代の欺瞞に満ちた英国の姿だった・・・

なぜ主人公は祖国を裏切りソ連のダブルスパイになったのか? 彼のパブリックスクール時代の出来事にその原因が…実在のガイ・バージェス事件(ケンブリッジ出身者が中心となったダブル・スパイ事件)が元になったエリート社会の残酷さを映し出すストーリィ。学内での生徒会のような自治制度とそれをめぐる権力闘争、しのびよる共産主義思想、目上のものには絶対服従というパブリックスクールの掟や習慣など興味深いエピソードがいっぱいだった。

 

Check!

パブリックスクール

舞台は1930年代のパブリックスクールで、王室や貴族の子弟も通う名門中の名門、イートン校がモデル。

伝統的な校舎やクリケットの試合の様子が楽しめる。下級生は上級生に絶対服従で、上級生には専用の世話係(=fag)の下級生がつく。(参考:IF...)下級生たちは、上級生のためにサンドウィッチを作ったり、軍靴を磨いたりして奉仕する。

特権階級の子弟が通うパブリック・スクールはしばしば同性愛やイジメの温床となったりすることもあり、上流階級に同性愛者が多いのもパブリックスクールが原因だとする説もある。

6th formというのは最上級生のこと。

寮生活

生徒たちは各寮に属し(たとえばベネットやジャドはガスコイン寮、ハーコートはロングフォード寮)、寮単位でまとまって行動することが多い。 軍事教練やクリケットの試合も寮対抗戦となるために、寮ごとに団結力が強まる。 ウォートンが必死に磨いていた角の形の優勝カップも、おそらくクリケットか軍事教練でガスコイン寮が獲得したものだろう。

寮長以外は個室が与えられていないので、生徒たちは自習室で勉強し(走り回っている下級生もいるが)、プライバシーの全くない大部屋で就寝する。

組織

代表などの特権階級は、派手なベストを着ることが許されている。来期はなんとしても代表に・・・ともくろむベネットは、母の結婚式や意中の男性ハーコートとの会食に、代表たちが着ているようなベスト(waist coat)を着て出席する。

現在の代表であるバークレーとデラヘイが卒業するので、来期にはメンギーズが代表 兼 寮長となり、ベネットが代表 兼 監督生、デブニッシュが監督生となるはずだったが、マーチノーの事件でデブニッシュが中退することになり、ファウラーが寮長の座を狙っている・・・ということになると、ベネットの代表の座が危なくなる( 代表になるには寮長の指名が重要だから。ベネットはファウラーに嫌われている)。メンギースは自分の次期寮長としての地位を固めるために、寮長を支持する監督生の数を確保しなければならなかったので、ジャドに監督生になってほしかったのだ。

体罰

鞭打ち(杖で)も伝統的にパブリックスクールで行われてきた習慣だったが、1999年ついにイギリスの全公立・私立校で鞭打ちが禁じられた。(公立ではもっと早くに禁じられていた) 禁止令に対する関係者の反発は大きかったとか。他の映画やドラマを見ても、打つ回数は最高で6回と決められていることが多いようだ。

同性愛

上流階級に同性愛者が少なくないのも、彼らが思春期を過ごした全寮制のパブリックスクールが原因という説もある。 この物語の舞台となった1930年代はまだ同性愛が法的に犯罪とされていた時代だったにもかかわらず、このような行為に走るものが後を絶たなかった。

ベネットはこれまでにも(代表を含む)複数の男子生徒と関係を持っていたらしく、鞭打ちを逃れるために「もし鞭で打つなら、これまで関係のあった者の名を全部舎監にばらす」と脅しをかける。

イートンだけでなく、それと双璧をなすエリート校のハロー校についても言及されている。 「・・・悪い噂はすぐに広まる。 親父はハロー校の出身者を採用しない。前からそうだけどね。」

エリートコース

イギリスで良家の子弟が歩むエリートコースといったら、名門パブリック・スクールから大学はオックスブリッジに進むこと。 軍事教練の時に、指揮官から父親の近況を尋ねられていた生徒がいたように、このような名門校に通う生徒の親もまた同窓生であることが非常に多い。

ベネットが夢見る「名門中の名門イートン校(と目される学校)で代表をつとめあげ、優秀な成績でケンブリッジに進み、末はフランス大使に・・・」というエリートコースは、まさに男の花道。 日本の外務省キャリアが駐米大使を夢見るように、当時のイギリスでは駐仏大使が最も格が高いポジションとされていたらしい。 代表の夢破れたベネットが、"フランス大使どころか、どうせハイチ大使館だろう"と毒づくのにはこうした背景が。

ガイ・バージェス

この作品のガイ・ベネットは、実在したダブル・スパイ、ガイ・バージェスがモデルといわれてる。

Burgess, Guy (Francis de Moncy) 1910 - 1963

DevonDevonport生まれ。ダートマスの名門士官学校を中退し、名門パブリックスクール:イートン校からケンブリッジのトリニティ・コレッジに進学、在学中に共産主義者となる。1930年代にソビエト側の秘密工作員となり、以後東側に情報を流しつづける。BBCに勤務(1936-1939)、戦争用プロパガンダを執筆(1939-41)後、再びBBCに戻り英国情報部の一員としても活動する(1941-4)。 その後外務省からワシントンに派遣され、その間フィルビーの家にやっかいになる。1951年にスパイ容疑を受け、同じくスパイ容疑をかけられていたMacleanとともに1956年ロシアに亡命した。1963年 モスクワで死去。

ガイはソビエトに亡命後も「クリケットが恋しい」とつぶやいていたが、ガイ・バージェスはソビエトに渡ってからも故郷のイギリスを恋しがりホームシックにかかっていたという。 死ぬまでサヴィル・ロウの仕立て屋に注文して服を送らせていたとか。

原作戯曲では、デブニッシュのおじに「知人のハロルド・ニコルソンを紹介しようか」と誘われる場面が。のちに外交官となるハロルド・ニコルソンは、ヴィータ・サックヴィル=ウェスト(映画『オルランド』のモデルで、有名なシシングハーストガーデンは、ハロルドとヴィータが協力して作り上げたもの)の夫で、実際にガイ・バージェスとは生涯にわたって友人であり続けた。

共産主義者

「どうせ僕たち学生は、アカかホモだと思われてるんだから。」というガイの台詞どおり、ゲイのガイの親友は、アカ(=共産主義者)のジャド。 学校で教えてくれないからと、独学で夜中にマルクス経済学を勉強している。

共産主義者にとって「宗教は毒」に他ならない。 ガイのために幹事を引き受けるにあたって、「祈祷式に出席しないでいい」という条件をつけたのもそのため。

卒業後も共産主義者として信念を貫いたジャドは、のちにスペイン内戦に参加する。 スペイン内戦については『ランド・アンド・フリーダム』の解説を参照。

トミー・ジャドのモデル、John Cornfordについて(情報提供:くみさん)

トミー・ジャドのモデルは、スペイン内戦に志願し21歳の若さで戦死したイギリス人ジョン・コーンフォードと、エズモンド・ロミリーと言われています。コーンフォードについての詳しい情報は、くみさんのサイト「白鳥の庭」をご覧ください。

戦争の足音

戦没者を慰霊する儀式があるが、これはイギリスにとって未曾有の消耗戦となった第一次世界大戦の慰霊祭。 イートン校出身者のようなエリートは、多く戦場で指揮官として命を落としていた。 式典ではLaurence Binyon (1869-1943)による詩'For the Fallen' が朗読されている。

'For the Fallen' by Laurence Binyon

They shall grow not old, as we that are left grow old:
Age shall not weary them, nor the years condemn.
At the going down of the sun and in the morning
We will remember them.

学校で軍事教練が行われているのも、この時代の空気を反映している。 きちんと軍服を身につけ、一糸乱れぬ動きが要求される厳粛な場なだけに、それをぶちこわしにしたガイへの懲罰も過酷なものとなった。

クリケット

スポーツ活動を重視する名門パブリックスクールではスポーツ活動を重視するため、クリケットにも力を入れている。「親に高い学費を払わせてスポーツばかりしている」と共産主義者のジャドは不満そう。彼は「クリケットは楽しすぎるから嫌いだ」と、'資本的陰謀の基礎'たるクリケットの寮対抗戦には出場しない。

伝統的なクリケット・ファッションに身を包んだ生徒たちがプレイする。ひとりセーターを着崩して審判に回ったベネットは、意中の青年に有利な判定をして他の生徒を怒らせる。でもクリケットのルールでは審判は絶対的な存在で逆らえないらしい。

ロシアに亡命したベネットが、故国には誰か逢いたい人がいないのか尋ねられ、ただひとこと。「クリケットが恋しい」

舎監の「ファーシカル先生」

ベネットが舎監の「ファーガソン先生」のことを「ファーシカル」と呼んでいるのを聞いて、ファウラーが「舎監なら、ちゃんとした名前(=proper name)で呼べ」と注意する場面がある。 字幕ではファウラーの台詞が「舎監なら、姓で呼べ」となっているため分かりづらいが、ベネットは先生をファーストネームで呼び捨てにしていたわけではない。 "ファーガソン"という音をもじって"farsical(茶番)"という変な意味のあだ名にしてしまった無礼をとがめられているのだ。

紅茶のある風景

冒頭でソビエトに亡命したベネットがインタビューを受ける冒頭の場面。机の上にはハロッズのロゴ入りマグカップが。亡命先でもクリケットを恋しがり紅茶を愛飲する様子が伺える。

舞台

この作品はウェストエンドで大ヒットした舞台の映画化。 初演は1982年で、舞台でGuy Bennett役を演じたのは、コリンファースルパート・エヴァレットケネス・ブラナーなど。

映画版の主な違いとして、舞台版にはデブニッシュのおじヴォーン=カニンガム(ゲイの作家、良心的兵役忌避者)が登場すること、ハーコートが登場しないことが挙げられる。

原作戯曲:_Another Country_ Julian Mitchell (著)

 

印象に残る台詞

There's a little hollow at the base of his throat which makes me want to pour honey all over him, and lick it off again.

主人公が片思いの青年を窓から見つめながら切なそうにつぶやく台詞。喉元の窪みという部分は、よほど官能的なのだろう。そういえば「イングリッシュ・ペイシェント」でも、アルマシーはキャサリンの喉元の窪みをいとおしそうにめでていた。

Do you like smoked salmon?(字幕:スモークサーモンは好き?)
Oh, I love it.(字幕:ああ、大好きだよ。)
I loveI loveI love food and drinks.(字幕:ああ…僕も飲み食いが大好きさ)

意中の相手を初めて食事に誘って、緊張しっぱなしの主人公。スモークト・サーモンは好きかと何気なく尋ねたら、相手が「好き」(もちろん鮭の薫製を)という表現に「love」という単語を使ったのでドキッ! 「love」という単語に敏感に反応してしまって、本当は「I love you」と告白してしまいたいのに云えないその戸惑い…結局言えなくて誤魔化してしまったが、このあたりの呼吸は原語でないと伝わりにくい部分だろう。

sniffing the wind ... like a dappled deer ...

双眼鏡でハーコートを眺めながらうっとりしているベネットと、そんな彼をからかうジャドのかけあい。

ベネット役のルパート・エヴァレットは、のちにジュリア・ロバーツと共演した『ベスト・フレンズ・ウェディング(My Best Friends Wedding)』の中で、この台詞をさりげなく転用している。 ウェディング・パーティーに出席しているジュリアに携帯電話で話しかけながらこの台詞をつぶやくのだ。

 

Music

I vow to thee, my country

パブリックスクールの中庭で生徒たちによって歌われている。
メロディはホルストの組曲「惑星」の「木星」から、歌詞は外交官で詩人だったCecil Arthur Spring-Rice(1858-1918)作の「Last Poem」からとられている。
ダイアナ妃の結婚式や葬儀でもこの曲が使われたので、記憶にある方も多いだろう。

I vow to thee, my country, all earthly things above
entire and whole and perfect, the service of my love;
the love that asks no question, the love that stands the test,
that lays upon the altar the dearest and the best;
the love that never falters, the love that pays the price,
the love that makes undaunted the final sacrifice.

And there's another country, I've heard of long ago
most dear to them that love her, most great to them that know;
we may not count her armies, we may not see her King;
her fortress is a faithful heart, her pride is suffering;
and soul by soul and silently her shining bounds increase,
and her ways are ways of gentleness, and all her paths are peace.

 

ロケ地

オックスフォード:Bodleian Library

オックスフォード:Brasenose CollegeExeter Collegeに挟まれた小道

・・・回想シーンの最後、GuyTommyがベンチに座ったり、散歩をしながら話をしている場面
(情報提供:Eikoさん)

Apethorpe Hall, Peterborough, Northamptonshire

Althorp Hall, Cambridgeshireという説もあり?(故ダイアナ妃の弟のスペンサー卿が映画にもエキストラ出演している。)

#この作品のモデルとなったのはイートン校だが、残念ながら撮影許可が下りなかったとか。

West Wycombe House,Buckinghamshire

・・・湖の場面

West Wycombe House
www.west-wycombe-estate.co.uk

Awards

カンヌ映画祭:芸術貢献賞受賞(撮影ピーター・ビジウ)、ゴールデンパーム賞ノミネート

英アカデミー賞:3部門ノミネート(脚色賞・編集賞・新人賞=R.エヴェレット)

キャスト

[ガスコイン寮生] (役職順)
Michael Jenn .... Barclay (
代表・寮長)
Robert Addie .... Delahay (
代表)
Frederick Alexander .... Jim Menzies (
監督生)
Tristan Oliver .... Fowler (
監督生)
Rupert Everett .... Guy Bennett (役職なし)
Colin Firth .... Tommy Judd (役職なし)
Rupert Wainwright .... Donald Devenish (役職なし)
Nicholas Rowe .... Spungin
Philip Dupuy .... Martineau (
自殺した少年)
Adrian Ross Magenty .... Wharton
(下級生・ファグ)

[ロングフォード寮生]
Cary Elwes .... James Harcourt Guyが一目ぼれした青年)
Ralph Perry-Robinson .... Robbins (Martineauと関係していた少年)

Anna Massey .... Imogen Bennett (ベネットの母)
Jeffrey Wickham .... Arthur (
ベネットの母の再婚相手・軍人)

Betsy Brantley .... Julie Schofield (インタビュアー)

ウォートン役のAdrian Ross Magentyは、『ハワーズエンド』にも出演
ファウラー役のTristan Oliver はのちにアードマン・スタジオに入社。

 

参考資料とソフト

imdb.com/Title?0086904

DVD国内盤

原作戯曲:_Another Country_ Julian Mitchell (著)

資料『ケンブリッジのエリートたち』
リチャード・ディーコン (著), 橋口 稔 (翻訳); 晶文社; ISBN: 4794959214 ; (1988/01/01)

『世界を騒がせたスパイたち〈上〉』
現代教養文庫―ワールド・グレーティスト・シリーズ
社会思想社 ; ISBN: 4390113321 ; 上 巻 (1990/03/01)

(1984年 イギリス 91)


Cinema ロケ地別INDEX 俳優 A to Z 女優 A to Z Home

Copyright (c)1998 Cheeky All Rights Reserved
当サイトに掲載されている情報・記事・画像など、全ての内容の無断転載を禁止します。
引用される際は、必ず出典として当サイト名とURLを明示してください。