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『クイーン・メリー/愛と悲しみの生涯』Mary, Queen of Scots (1971)


[あらすじとチェックポイント年表:メアリーとエリザベス人物紹介ロケ地モデルとなった場所キャストリンクと参考文献]


監督:Charles Jarrott・・・ 1000日のアン (1969)
脚本:
音楽:ジョン・バリー
撮影:Christopher Challis
編集:Richard Marden
美術:Robert Cartwright / Terence Marsh
衣装:Margaret Furse

米アカデミー賞、5部門ノミネート
(主演女優賞、作曲賞、美術監督・装置賞、衣装デザイン賞、音響賞)

(1971年 アメリカ 134分)

Story

父王ジェームズ5世の急逝により生後一週間にしてスコットランドの王冠を手にしたメアリー。幼いうちにフランスに渡り16歳でフランス国王フランソワの王妃となるが、病弱な夫と実母マリー・ド・ギーズを失い、再び故国スコットランドの土を踏む。しかしそこで彼女を待っていたのは、波瀾万丈な人生の幕開けだった。隣国のイングランド女王エリザベス、異父兄ジェームズをはじめとするプロテスタントの大貴族たち、そしてみずからの夫までも・・・!

陰謀と策略の渦巻く16世紀に生きた悲劇のスコットランド女王メアリーと、彼女の永遠のライバルであるイングランド女王エリザベス1世を描いた、火花の散るような歴史スペクタクル。

 

Check!

何もかも違うフランスとスコットランド

華やかで文化の香りに満ちたフランスから、故国スコットランドに帰ってきたメアリー。エディンバラ近郊のリース港に迎えに来たのは異母兄ジェームズと数人のみで、あまりのわびしい風景とあいまって、メアリーは少なからぬショックを受ける。ホリルード宮殿に向かう途中で、熱狂的なプロテスタント伝道者ジョン・ノックス(人物紹介参照)に罵倒され、すっかり沈んでしまう。*史実では、ノックスは道端からではなく、宮殿に伺候して説教している。
ただ、メアリーは運動神経に秀でていたので、映画の中に登場するように、スコットランドの大自然のなかで乗馬することをことのほか好んでいたとか。

プロテスタント勢力

スコットランドでもプロテスタント勢力は過半数に達しており、フランスで受けた教育により敬謙なカトリックとなっていたメアリーとしては、やりにくいことこの上なかった。

「妻殺しの調教師と結婚すれば新教徒の支持も失う」

イングランドの女王エリザベスが愛人であるロバート・ダドリーといたところに、ウィリアム・セシル卿からダドリーの妻が変死したとの手紙が届く。独身のエリザベスはダドリーとの未来に淡い期待をしていたかもしれないが、ダドリーに関してこのような黒い噂が一度流れてしまうと、政治的にマイナスになるだけだとこの時点ではっきり悟ったはずだ。

#字幕では「Horse Master」を「調教師」としているが、これは「主馬頭」とも訳すべき表現で、女王の側近、要職。

メアリーとエリザベス

なにかとライバル視され、比較されることが多いこの同時代に生きたふたりの女王。イングランド国境まで落ちのびてきたメアリーと、また幽閉中のメアリーと、エリザベスが対面する場面があるが、実際にはこのふたりは生涯顔を合わせることはなかった。

エリザベスの嫉妬

エリザベスが、メアリーに会見してきたダドリーに、彼女がどんな姿をしているか尋ねる場面がある。「メアリーはプロポーションが良いか、彼女は音楽を嗜むか・・・」という一連の質問は、実はスコットランド大使メルヴィルにあびせられたもの。メルヴィルの回想録にその記録がある。

メアリーの処刑

「我が終わりに我が始りあり(In my end is my beginning.)」
この作品では処刑直前にメアリーがこの台詞をつぶやいているが、これはもともと幽閉中のメアリーがクッションに刺繍していたフレーズ。
この映画でも描かれているように、黒いコートの下に真紅のドレスを身に纏い、髪は白髪になっていたのでかつらをかぶっていた。

 

年表:メアリーとエリザベス

  メアリーの生涯 エリザベスとイングランドの動き
1533   9月
ヘンリー8世とアン・ブーリンの間にエリザベス誕生。

>>1000日のアン』Anne of the Thousand Days(1969)

     
1542 12月7日
メアリー、エディンバラ近郊リンクスゴーの宮殿で誕生。父ジェームズ5世は、ヘンリー8世の姉マーガレット・チューダーの子。母マリー・ド・ギーズ(メアリー・オブ・ギーズ、またはマリー・ド・ロレーヌ)は、フランスの大貴族ギーズ家出身。

12月14日
父ジェームズ5世死去により、生後6日でスコットランド女王に。翌年スターリング城で戴冠。

 
1543   グリニッジ条約により、皇太子エドワードと、メアリーを婚約させる。
1544   ヘンリー8世、イングランド軍をエディンバラに送り、破壊の限りを尽くす。
1547   ヘンリー8世死去。エリザベスの異母弟エドワード6世が即位。
1548 7月
フランス皇太子フランソワと婚約し、フランスに渡る。(5歳)

イングランドに敗れたスコットランドが、フランスの援助を受けるのとひきかえに、メアリーとフランス皇太子の婚約を認める(ハディントン条約)

イングランド軍、ピンキーの戦いでスコットランド軍を打ち破る。
1553   "九日女王"ジェーン・グレイの処刑

エリザベスの異母姉メアリー1世即位。

>>『レディ・ジェーン 〜愛と運命のふたり〜』Lady Jane (1985)

1554   エリザベス、トマス・ワイアットの叛乱に関係していると疑われ、反逆罪でロンドン塔に幽閉(21歳)
1558 4月
フランス皇太子フランソワとノートルダム寺院で挙式(15歳)
11月
メアリー1世逝去
1559 エリザベスが即位した際、フランス王アンリ2世はフランス皇太子妃メアリー・スチュワートが真のイングランド女王であり、エリザベスは王位簒奪車であると宣言。

7月
フランス王アンリ2世の事故死により、夫フランソワ2世が即位。スコットランド女王兼フランス王妃となる。(16歳)

1月
エリザベス1世ウェストミンスター寺院で戴冠式(25歳)

>>『エリザベス』Elizabeth(1998)

1560 6月
母マリー・ド・ギーズ死去。異母兄のマレー伯ジェームズが摂政に。

7月
イングランドとフランスの間で「エディンバラ条約」締結。エリザベスをイングランド女王として認めること、英仏両軍がスコットランドから撤退することが定められた。しかし、エリザベスを嫡子と認めたくないメアリーは、ずっとこれを承認しなかった。

12.5
夫フランソワ2世病死。(メアリー18歳)

9月8日
エリザベスの愛人ダドリーの妻、エイミー・ロブサートが変死。
1561 8月
スコットランドに戻る。イングランド近海の通行をめぐって、エリザベス1世と行き違いが。
 
     
     
1565 7月29日
ホリルード宮殿チャペルで、ダーンリー卿ヘンリー・スチュワートと二度目の結婚。メアリーと同じくヘンリー8世の姉マーガレットの孫にあたる、2歳年下の従弟。
 
1566 3月9日
リッチオ、身重のメアリーの目の前で殺される。(ホリルード宮殿にて)

6月19日
メアリー、エディンバラ城にて王子出産。(のちのジェームズ6世)
3日後にグリニッジ宮殿にいたエリザベス1世のもとに知らせ。

 
1567 2月10日
ダーンリー卿、エディンバラのKirk o'Fieldで暗殺される。周囲は爆発していたが、死因は絞殺。主犯はボズウェルではないかといわれている。

5月15日
メアリー、ホリルード宮殿にてボズウェルと三度目の結婚。

6月
貴族同盟がクーデターを起こし、メアリーはCarbern Hillで捕らえられる。ボズウェルは逃走。メアリーはロッホ・リーベン城に監禁、退位要求される。

7月29日
メアリー、退位を認める書類にサイン。

 
1568 5月13日
メアリーロッホ・リーベン城脱出。闘いに臨むも敗れ(ラングサイドの闘い)、イングランドに入りエリザベスの保護を求めるが、監禁される。
 
1570   エリザベス、ローマ法王ピウス5世に破門される。
     
     
     
1585   ローマ法王ピウス5世が、エリザベスを暗殺した者に賞金を出すと発表。フェリペ2世もこの動きに荷担。「バビントンの陰謀」をウォルシンガムが暴く。
1587 Fotheringhay城にてメアリー処刑。
最初はピーターバラ大聖堂に葬られるが、後に息子であるジェームズ1世(6世)の手によりウェストミンスター・アビーに改葬される。
 
1603   3月24日
エリザベス1世逝去。メアリーの息子であるスコットランド王ジェームズ6世が、イングランド王ジェームズ1世として即位。

 

登場人物紹介

メアリーの血縁

ジェームズ5世
メアリーの父。ジェームズ4世と、ヘンリー8世の姉マーガレット・チューダーの子。イングランドとの合戦後まもなく死亡。
 
メアリー・オブ・ギーズ(1515-1560)
(仏語読みではマリー・ド・ギーズ、またはマリー・ド・ロレーヌ)
メアリーの母。フランスの大貴族ギーズ家の出身で、初代ギーズ公クロード・オブ・ロレーヌの長女。夫の死後同じく妻を亡くしたスコットランドの王ジェームズ5世と、1538年に22歳で再婚。1542年に娘のメアリーが生まれるが、まもなく王は死亡。メアリーが成人するまで摂政としてスコットランド国政を支えてきた。1560年にエジンバラ城で病没。
Moray伯ジェームズ・スチュワート(1531-1570)
メアリーの異母兄。プロテスタント。ジェームズ5世の子として生まれたが、庶子(母は大貴族アースキンの娘)として生まれたため王位継承権はない。

 

フランス宮廷

フランソワ2世
メアリーの最初の夫。幼くして婚約し、歳で即位・結婚するが、生来病弱なたちでわずか2年で病死してしまう。
父はフランス国王アンリ2世、母は女傑カトリーヌ・ド・メディシス。のちに後を継ぐ弟たちはシャルル9世、アンリ3世、アンジュー公フランソワ(映画『エリザベス』でヴァンサン・カッセルが演じていた浮ついた貴公子)。妹はのちにアンリ4世となるアンリ・ド・ナヴァールの妃"マルゴ"ことマルグリット・ド・ヴァロワ(イザベル・アジャーニの映画『王妃マルゴ』の主人公)。
 
カトリーヌ・ド・メディシス
イタリアの豪商メディチ家から莫大な持参金を携えフランス王家に嫁いだ。メディチ家の財力によりフランス王室の財政を豊かにし、イタリアの進んだ文化をもたらしたにもかかわらず、王族・貴族出身ではないので「商人の娘」と蔑まれ悔しい思いをしてきたらしい。ギーズ兄弟(メアリーの母方の叔父)が王妃カトリーヌより愛妾ディアーヌに肩入れしていたため、少女時代のメアリーもカトリーヌを低く見ていた節があるが、夫である国王アンリ2世が亡くなると皇太后として絶大な権力を握るように。この映画の中で病に苦しむ息子フランソワを見て「息子を殺す気?!」と語気も荒くメアリーを問い詰めていたのには、こうした長年の確執があったため。
 
ロレーヌ枢機卿&ギーズ公フランソワ
フランスの大貴族初代ギーズ公クロード・オブ・ロレーヌの息子たち。つまり、メアリーの実母マリー・ド・ギーズの兄たち。
メアリーにとっても、フランソワ2世にとっても、叔父にあたる。このふたりはフランス宮廷で絶大なる権力を握っていた。

メアリーの夫たち

ダーンリー卿ヘンリー・スチュワート(1545-1565)
メアリーの二度目の夫。メアリーと同じくヘンリー8世の姉マーガレット・チューダーの孫にあたる、2歳年下の従弟。(マーガレットが再婚したアンガス伯爵アーチボルト・ダグラスとの間に作った娘マーガレット・ダグラスと、レノックス伯マシュー・スチュワートの長男。
この映画ではバイセクシュアルとして、メアリーのお気に入りイタリア人歌手リッチオとの同性愛関係が描かれている。このダーンリー卿とメアリーの間に生まれたジェームズ王子も(のちの国王)、バイセクシュアルだったという史実があるので、その伏線か?
 
ボズウェル伯James Hepburn(1536?-1578)
プロテスタントのスコットランド貴族。メアリーの三度目の夫。メアリーの前夫ダーンリー卿暗殺の首謀者といわれている。
1567年にメアリーが捕らえられた時ボズウェルは辛くも逃げおおせ、デンマークに渡るが、10年後発狂して獄死する。

 

その他

「4人のメアリ」
メアリー・シートン、メアリー・フレミング、メアリー・リビングストン、メアリー・ビートン。
メアリーと同じ年にスコットランドの大貴族の家に生まれた、4人の"メアリー"という名の娘たち。友達 兼 侍女として、メアリーに側近く仕える。
この映画ではフレミングはフランス宮廷時代に、シートンはイングランド国境までメアリーに従う侍女として登場する。
 
ジョン・ノックス(John Knox 1505-1578)
16世紀のスコットランドに吹き荒れた宗教改革のリーダー。セント・ジャイルズ大聖堂の教壇から、カトリックであるメアリー女王を糾弾したという。

ロケ地

Hermitage Castle, Scottish Borders

・・・ボズウェルの居城として

Newcastletonから80kmほど北にある13世紀にできた要塞のような古城で、ボズウェルは第五代ダグラス伯からこの城を譲り受けた。それ以前に住んでいたSoulis卿は魔術に凝っていたという曰く付きの人物で、近隣の村からは多くの子供たちが行方不明になっていたという。

Parham House, WestSussex, England

エリザベス朝時代の石造りの屋敷
Address: Parham House and Gardens, nr Pulborough, West Sussex, England, RH20 4HS

Alnwick Castle, Alnwick, Northumberland, England (Official Website)

創建は11世紀にまでさかのぼれるアルン川の河畔にそびえる古城で、19世紀中盤に修復された際、ケイパビリティ・ブラウンの手が入れられた。14世紀初頭からノーサンバーランド公の居城となっており、個人所有としては最も素晴らしいルネサンス期の美術コレクションを持つ城のひとつ。500エーカーの広大なHulne Parkには森やムーアをはじめとした見所がいっぱい。
Northumberland Estates, Alnwick Castle, Alnwick, Northumberland NE66 1NQ

Bamburgh Beach, Northumberland, England

Bamburgh Castle, Northumberland, England

その他、メアリー女王ゆかりの場所(ロケ地ではない)

ホリルード宮殿(Palace of Holyrood House)
前身は12世紀にデイビッド1世が建てたホリルード修道院。現在の宮殿は、ジェームズ4世が建てたもの。メアリーが二番目の夫ダーンリー、三番目の夫ボズウェルと結婚式を挙げたのはここのチャペル。夫ダーンリーがお気に入りの家臣リッチオをメアリーの目の前で殺害した場所もガイド付きツアーで紹介してもらえる。
 
エディンバラ城
メアリーがジェームズ6世を出産したQueen Mary's Roomがある。
 
ジョン・ノックスの家(エディンバラ)
メアリーを詰問した宗教改革のリーダー、ジョン・ノックスが1561-1572年の間住んでいた家。もともとはメアリーのための鍛冶屋だったとか。45 Hight Street, Edinburgh
 
Fotheringhay, Fotheringhay,Northamptonshire (UK Street map)
最後にメアリーを幽閉し、処刑した場所。

Carberry Tower, Carberry Tower,East Lothian (UK Street map)

Kirk o'Field
ダーンリーが殺害された場所。現在のエディンバラ大学構内に位置する

 

キャスト

[スコットランド]
Vanessa Redgrave .... 女王メアリー・スチュワート
Patrick McGoohan .... James Stuart(マレー伯・メアリーの異父兄)
Timothy Dalton .... Lord Henry Darnley (メアリーの二番目の夫・従兄)
Nigel Davenport .... Lord Bothwell (メアリーの三番目の夫)
Ian Holm .... David Riccio(イタリア人歌手・のちメアリーの秘書に)
Jeremy Bulloch .... Andrew
Robert James .... John Knox (プロテスタント)
Beth Harris .... Mary Seton(メアリーの侍女)
Frances White .... Mary Fleming(メアリーの侍女)
Tom Fleming .... Ballard神父 (イングランド人だが、メアリーに従う)
Maria Aitken .... Lady Bothwell (ボズウェルの妻・資産家の娘)

[イングランド]
Glenda Jackson .... エリザベス一世
Trevor Howard .... バーリー卿William Cecil (宰相)
Daniel Massey .... Robert Dudley (エリザベスの愛人・主馬守)
Richard Warner .... Walsingham (警察長官)

[フランス]
Katherine Kath .... 皇太后カトリーヌ・ド・メディシス
Richard Denning .... フランス王フランソワ(メアリーの夫・カトリーヌの長子)
Vernon Dobtcheff .... ギーズ公フランソワ (メアリーの母方の叔父)
Raf De La Torre .... ド・ギーズ枢機卿またはロレーヌ枢機卿 (メアリーの母方の叔父)

 

参考資料/おすすめ本

『華麗なる二人の女王の闘い』小西章子・著/朝日文庫
メリーとエリザベスの生涯にスポットを当て、わかりやすい読み物となっている。

『スコットランド王国史話』森 護 (著) 中公文庫 (2002/03/01)

『とびきり愉快なイギリス史』
ジョン・ファーマン (著), 尾崎 寔 (翻訳) ちくま文庫 (1997/04/01) 筑摩書房

『とびきり哀しいスコットランド史』フランク・レンウィック・著/ちくま文庫
なかなか専門の歴史書にお目にかかることが少ないスコットランド史。ユーモアたっぷりの解説が楽しい。

『英国王室史話』(上) 森 護・著/中公文庫
王室にまつわるさまざまなエピソードをわかりやすく紹介している。

『スコットランド旅の物語』土屋守・著/東京書籍
著者自身が撮影した美しい写真がふんだんに盛り込まれており、歴史への造詣の深さを窺わせる文章も読みやすくたいへん楽しめる。


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